
明治5年11月2日、岩手県西磐井郡油島村、千葉平右衛門の長男として生まれ、本名は千葉善重郎。
寛圃(かんぽ)と号した。
昭和5年、石越町南郷芦倉に移る。
生家は代々続いた世襲の染物屋で、本業の染物の技術とともに絵心も伝えられてきた。
染物業のかたわら精力的に創作活動を続けられた。
染め物技術の修得と絵画の修業のため、本吉町津谷をも訪れ、職業柄、細部まで精密に描く技法を得意としていたようで、仏画等を数多く残している。
また、仕事や旅行などで各地を訪れたときにはスケツチを欠かさず、それを、屏風や襖に描いてもいる。
作品の数々から、当時の地方画家としては格段の力量を有していたことがうかがえる。
昭和42年3月3日没(85歳)。
石越町内はもとより、近郷近在に数多くの作品が残されており、今回の展示会を機会に、より多くの作品が世に知られるようになれば幸いである。
なお、寛圃の子である千葉顕氏(明治40年~昭和56年)も、松績亭や一夢と号して絵画や書を数多く残している。